第7章 幸せの名前(茂庭要)
「あ、そうだ」
そこで大事なことを思い出した私は、スープにかけた火を消してクローゼットに向かって歩いた。
「要、この前うちにマフラー忘れてったでしょ。今のうちに渡しとくね」
はい、とテーブルの前で正座した彼にマフラーを渡す。ありがと、と受け取った彼は、どのくらい置きっぱだった?とまた上目遣い。「2週間くらい?」
「そんくらいかな」
「そっか」
そのマフラーに顔をうずめて、要は、へへ、とまたへにゃりと笑った。何が面白いんだろう、と考えながらキッチンにもどろうとしたら、あー、とか、うー、とか謎の声まで出し始めた。
「なー、なまえ」
「なぁに?」
「ちょっと、こっち来て」
「?」
「座って」
またもじもじしだした要に首をかしげながら、促されるままにラグの上に座り込む。低い高さのテーブルの前、2人で膝を付き合わせて見つめあう。
沈黙がいやに長かった。あのさ、といいにくそうに口を開いた要は、うぅん……と悩ましげな声を出す。ぎゅっとマフラーの端と端を握りしめている彼の意図がまるで読めず、代わりに、あ、と大切なことを思い出した。
「オーブンの予熱忘れてた」
「あ、待っ、て……!」
ください、と消えそうな声で腕を掴まれる。いよいよ訳がわからなくなって、どうしたの?と上げかけた腰を下ろすと、要は、俺さ、とまた猫のような上目遣いで私を見上げた。
「俺、今からちょっと気持ち悪いこと言うんだけど、引かないでな?」
「うん?」
「あー、これ言ってもいいのかなぁ?」
ガシガシと頭を掻いた要が、Yシャツの上のネクタイを緩めて、これ、とマフラーを自身の首に巻き出した。「わざと忘れてったんです」