第7章 幸せの名前(茂庭要)
「わざと?」
「うん。わざと」
「どうして?」
「だって、」
いたずらを懺悔する子供のように、要は目線を下げてマフラーで顔を半分隠した。「だって、こうやって巻くとさ、なまえの匂いがするからさ、」
家に帰った後も……と言いかけて要は、うぅ、と真っ赤な顔で身体を折り曲げた。
「ごめん、なんか俺、変態みたいだよなぁ」
と、盛大に照れながら、私の肩に手を乗せる。ぽすん、と世界が反転して、広がる天井。
押し倒されたのだと気づいたときには、もう彼に組み敷かれた後だった。
「かなめ?」
「ごめん、実は、もう限界」
「ご飯は?」
「終わってから……じゃ、だめ?」
「待って、せめてベッドに…んぅっ」
もどかしいのか余裕が無いのか、要は苦しそうな呼吸と一緒にキスをしてきた。しょうがない、と頭の中の私が囁く。
グラタンは後は焼くだけだし、スープも温めなおせばいいだけだよね。
そう考えて諦めたとき、喉の奥の方から、ん、と切ない音が聞こえた。
中途半端な場所のまま、私の上に覆い被さるように四つん這いになった要の身体がテーブルにぶつかる。天板に乗せられた、空のままのコップがカタカタ揺れる。
その不安定なリズムの音と、壁掛け時計の秒針の音。そして私は、この6畳半の空間いっぱいに満ちている、甘ったるくて優しいものの正体について考えていた。
おしまい