第7章 幸せの名前(茂庭要)
マカロニがソースに絡む。ローリエの葉が取り除かれて、ヘアゴムを解く要の息が、私のうなじに沁みこんでいく。
愛は食卓にある。なんて、どこかのマヨネーズのCMで謳っているけど、それを私に教えてくれたのは他でもない茂庭要だ。愛なんて、10代の自分が口にするには重くて、照れくさくて、現実味のない言葉だとずっとずっと思っていた。でも私は気付いてしまった。
味付けは彼の好きな薄めにすること。苦手なセロリは細かく刻めばバレないこと。玉ねぎは甘くなるまでじっくり炒めて、人参は一切れだけお花の形に切っておく。
カップに浮かんだオレンジ色のその花を、要は最後の最後までとっておいて、一番最後、幸せそうに口元へとスプーンで運ぶ。
大切な人のためのひと手間を惜しまない。これが私なりの愛の形なのである。
スポーツ施設の専属栄養士として、将来働きたいと私は考えている。運動を愛する全ての人を、食を通して支えてあげたい。落ちこぼれだった私がそんな夢を描けるようになったのは、要のおかげだ。だから私は、彼への愛を料理で示す。その結果目の前にあるのが、このグラタンと野菜スープなのである。
蓋を開いて、鍋の中にコンソメキューブを投げ入れた。コクのある香りが鼻をくすぐる。幸せの水位が増していくキッチンで、要が私の首筋にキスを落とした。
「いい匂い」
「牛肉と野菜の旨味が、ぎゅぎゅっと詰まった香りだね」
「じゃなくて、なまえの匂いが」
「ん?」
「おいしそう」
もう一度私のうなじにキスをした彼の唇が、髪の生え際を上っていって、耳たぶにまで辿り着く。それから、ごめん、と甘くて掠れた声で囁いた。「こうやって会えたの、久々だからさ」
そう言って、こちらの返事を待たずに耳を食み出す。突然の柔らかくて熱い舌の感触に「ちょっと!」と反射的に身体をよじった。「台所でそういうことしないで」
振り返って要の肩を強めに押したら、ごめんなさい、と彼がもじもじ謝った。何故かわからないが照れている。
怒った?と彼が尋ねる。私よりうんと背が高いのに、どういうわけだか上目遣いがとても上手い。
その視線に見つめられたら、怒ってるなんて言えるわけない。フライパンの方へ向き直りながら、「怒ってないよ」と私は笑った。「私の方こそ、大声出してごめんなさい」