第7章 幸せの名前(茂庭要)
「野菜スープだ。うまそー」
「まだ味付け前だよ?」
「だって、いい匂いだからさ。この時点でおいしくなること確定してる」
あぁ、早く食いてえ。と私の背中に彼の体重がのしかかる。幸せの重み、と言葉が浮かんで、唇から、えへへ、と照れた笑いが漏れてしまった。
去年まで、私は伊達工のバレー部でマネージャーとして活動していた。2年になったとき、この癖っ毛の可愛い男の子が入部してきた。そして私は今こうやって、彼のリクエストした料理を作ってあげてる。
こんな関係のそもそもの始まりとなったきっかけはなんだったかと記憶を辿れば、口いっぱいにおにぎりを頬張る要の顔が、いつも頭の中に浮かんでくる。
『はい、茂庭の分ね』
強豪と呼ばれる伊達工バレー部の合宿中、軽食を用意するのはマネージャーの仕事である。その日も午後の練習試合の合間を縫って、私はせっせと握ったおにぎりを配って歩き回っていた。
ありがとうございます、と1つ受け取った1年生の茂庭要は、大きく口を開けて頬張ると、なまえ先輩の握ったのって、うちの母親のよりおいしいんですよねぇ、と感心したように呟いたのだ。
その時私は、なんて返事をしたのか覚えていない。
けれど、それまで感じたことのない不思議な充実感に包まれたことは、今でもはっきりと思い出せる。
要の隣ではいつもうるさい笹谷や鎌先が夢中でおにぎりをパクついていて、そんな3人を眺めながら、この気持ちって何なのだろう、と考えたことまで覚えていたりするのである。
そんな処理しきれない感情の正体に気が付いたのは、その後すぐに行われた練習試合の時だった。
激しい音と共に相手側から放たれるスパイク。鉄壁のブロック。そしてドシャット。
体育館中に響く部員の咆哮を目の当たりにして、あぁ、これが愛というものなのかと気が付いた。
頑張れ、と願いを込めて自分の手から生まれたものが、みんなの血肉になって身体を作る。私も一緒にボールが繋げる。
こんな形で誰かを支えることができるのだと、その時初めて気が付いて、私は大学進学を決意した。まぁ、勉強嫌いの果てに工業高校に流れ着いたような私だったから、短大に滑りこむのがやっとだったんだけどね。
「なまえ」
優しい声が落とされて、回されていた要の腕がするりと抜けた。「髪、後れ毛、かわいい」