第6章 視点を変えて見てみよう【3.拡大】(青城3年)
「悪いな、花巻」
バットを軽く握った直後、暗い部室に岩泉の抑揚のない声が響いた。
「あの世でグズ川の世話、頼んだぞ」
その声を合図に、俺は大きく振りかぶった。ハッと気付いた花巻が振り返るがもう遅い。その頭の上めがけて、力いっぱい腕を振り降ろーーーーーーーー
「何やってんの?アンタたち」
ーーーそうとしたところに、突然、ぱっ、と視界が明るくなった。うひっ!と花巻が間抜けな大声を出す。その顔の前でバット……の代わりに丸めたアイドルのポスター、を寸止めした俺は、驚いて声のした方向へ首をひねった。
「んだよ、なまえか」
部室の入り口横の、電気のスイッチに手をかけている人物を見て、岩泉が口を開いた。驚かせんなよ、と文句を言うと、それはこっちの台詞でしょ?と冷たく言い返してくる。まぁ、悔しいけど、確かにそうだな。
「一体何をフザケてたのよ。カーテン閉めきって電気を消して大声出して喚いてさぁ。外までがっつり聞こえてたわよ」
「はじけろ!高校生探偵・野球部連続殺人事件!」
床に寝っ転がっていた及川が、顔だけ上げて二ッと笑った。「毎週日曜夜22時!みんなで昨日観たシーンの再現してたの!なまえちゃん、知らないの?」
「知らないわねぇ」
「えー、もったいない!昨日は神回だったのに!ね、岩ちゃん?」
「だな。幼馴染みの命を奪った犯人が、このあとチームメイトを順番に殺してってな」
「特にラストがよかったよねぇ〜。性転換手術を受けた犯人が、世界一のオネエを目指しニューカレドニアのビーチでビキニでダイビング!」
「それホントに神回だったの?」
呆れた顔をしたなまえが、まあいいや、と言って部室の中へずかずかと入り込んできた。「そんなことより、なんで部活休みの月曜日にあんたたちがここに溜まってんのさ」
「練習なくて暇だからな」
花巻が当たり前のように言い返す。「というかお前だって同じだろ。マネージャーが何の用だ?」
「私はただの忘れ物」
そう言ってなまえは、ロッカーの横にあった紙袋を手に取った。