第43章 ハネムーンでもリバティでもない(及川徹)
「旦那に不倫された女の人って、幸薄そうで惨めな細君って感じの人か、それか怒り狂って喚き散らすような大年増のおばさんしかいないと思ってた」
私は罪悪感もなく、正直に打ち明けました。トオルに話していたつもりはなかったのですが、私の言葉を聞いていたのは彼しかいないのも事実です。
「でも、現実ってドラマや漫画とはやっぱり違ってたわ。奥さまってものは強いのね」
迎え入れてくれたその人は、洗練された、人当たりの柔らかそうな空気に包まれた女性でした。
『あら、かわいらしいお嬢さん』
その人は私を見るなり言いました。『いつも主人と仲良くして頂いて』
平然と、落ち着き払って。だけど目は笑っていませんでした。
食えないお人、と言うのでしょうか。私は拍子抜けと同時に、警戒心を飛び越えて、この人には勝てない。と悟ることになりました。
私の膨らんだ気持ちはみるみるしぼんでしまい、はぁ、とか、まぁ、みたいな曖昧なことしか言えませんでした。
なんだか、ブランド物で着飾って来た自分が、ほんの小娘にしか思えなくなったのです。
「暖かくもてなされて、夫婦の会話を目の前で交わされて、私、入り込む隙が無かったの。この奥さまから、私の想い人を奪うのは無理だなと思ってしまったの。最後に、外で簡単にお話をして、帰って来たところなのよ」
私は一気に喋りました。本当はもっともっと語れることは多かったのですが、そうすると日付が変わり夜が明けてしまうような気がしたので、残りは自分の中だけにとどめておくことにしました。締めくくりとして、
「負けちゃったのよ、私」
「その割には、案外へこたれてないみたいだね」
「だって、完敗だったもの」
「失恋した女の人って、もっと泣くんだと思ってたけど」
トオルの指摘通り、私はこの道に入る前のところにあるバーで既に散々泣いていたのですが、それは高校生に教えなくても良いことでしょう。貰った手土産のお菓子をお店で捨て鉢に食べてしまったのだけれど、手をつけなかったら運んでくれたお礼にあげられたのに、とも考えました。