第43章 ハネムーンでもリバティでもない(及川徹)
「おぶったげるよ。家はどこ?」
その人は迷う様子も無く、颯爽と私に背を向けるようにしてしゃがみこみました。
そして言うのです。
「俺の名前はトオル。
魔法使いじゃないから、ぴったりの靴は出してあげられないけど、馬車になら喜んでなるよ」
その親切な申し出に感謝しながら、おねがいだから、王子さまにもなれるなんて言わないでね、と私は釘を刺しました。
もうこりごりだったのです。プリンセスのように愛を囁いてもらえていたのに、呆気なく縁が切れてしまうのは。
とは言え、最後に誰かにおんぶをしてもらったのは何歳の時だったかしら、という具合だったので、私は一歩近づいたきり、ぼうっと立ち尽くしてしまいました。
久しぶりすぎて、背負われる側はどうしたら良いのか、まるで分からなかったのです。
昔は何も考えずに大人の背中に飛び乗っていたはずなのに。
「早くしてもらっていいかな?」
私が動かないでいるのを躊躇と捉えたのか、トオルと名乗った人は低い声を出しました。
「俺は、不自由してる女の人を知らんぷりして置いてくのは夢見が悪くなると思って声かけてるだけなの。早く帰りたい気持ちはお互いさま」
その声の奥には、親切に振る舞うことに対する照れが隠されているようでした。
成熟した見た目に反して、まだ子供っぽいところが残っている人なのかもしれません。
そしてそれが、私には かえって新鮮に感じられるのでした。
私が知っている男の人というものは、年上で、女の子を大切に扱うことに照れなどなく、さも当たり前のようにエスコートして、そして然るべき時には迷いなく距離を測れるような人ばかりだったのです。