第42章 日曜日(山口忠)
「じゃあ、別の質問。忠くんの背番号は?」
洗いたてのシーツをふわりと広げるようになまえが訊ねる。12番、と答えを返すと、「いい数字」と言ってショートケーキにフォークが入る。
「私、12って数字大好き」ケーキをひと口味わって、唇の端についたクリームを舌で無邪気に舐めとっている。「1年は12か月で、1ダースは12個セット。ピアノの鍵盤はオクターブで12半音」
「でも、試合前後の整列は一番端っこ」
山口はまた苦笑したけれど、なまえは気にも止めずに続きを頬張った。このお店にいるすべての人に、彼女が出す幸せそうなオーラが見えてもおかしくないと山口は思った。甘いものを食べるとすべてが緩むみたいだ。絡み合わない髪の毛も、スポンジを含んで膨らんだほっぺたも、筋肉の少ない腕も。彼女の全身が、自分とは違う優しい柔らかさでできているみたいに見えた。
「私、ショートケーキ大好き」
「なまえは好きなものが多いんだね」
小さくなっていくケーキを見ながら、山口はチームメイトの月島のことを思い出していた。月島の好物もショートケーキなのだ。
なまえに初めて話しかけられたのは半年ほど前になる。自己紹介が挨拶になり、挨拶が雑談になり、言葉を交わす休み時間の教室が休日の喫茶店に変わっても、その異常事態にはなかなか気づけなかった。
今までも、女子から話しかけられることは少なくなかったけれど『ずっと、山口くんと話したいなって思ってたの』と言われたら、まず間違いなくその後に続きがあるのが定番だった。『ほら、山口くんて、月島くんと仲良いでしょ?』
でも今回は、いくら待っても、月島というワードが出てこない。