第42章 日曜日(山口忠)
気がついてすぐ「なまえ、今まで教えてなくてごめん」と謝った。「バレーボールは、ローテーションなんだ」
「ローテーションって?」間髪いれずに聞き返される。
「選手の場所を回すんだよ、ええと、」
脇に寄せてあったカトラリーケースに手を伸ばす。個包装のシュガー、ガムシロップ、ミルクポーションを駆使して、即席の6人チームを作り上げた。
「これがバレーで使うネットだとする」仕上げにおしぼりを横にして置く。なまえが興味深そうにテーブルに身を乗り出してきた。
「なまえはよく、"前の方"とか"後ろの方"って言い方するよね。でもバレーはね、サーブ権が回ってくる度に、時計回りに選手の場所を変えるんだ」
選手にみたてた小物を円上に回転させてみせると、えっ、となまえが驚いて声を上げた。続けて説明をする。「それも、サーブボールが放たれるまで。それ以降は自由に動いてもいい」
「場所はあんまり決まってないってこと?」
「固定されていない、が正しいかな。でも高校生なら、ライトやレフトの割り振りを変えることはあまり無くて、ミドルブロッカーはセンター......真ん中にいることが多いよ」
自分の発する言葉に手応えがなく、相手に正しく情報が伝わっているか小さな不安に襲われる。自分にとって当たり前の世界の話を他人に理解してもらうことは、どうしてこう難しいのだろうと思う。
「じゃあ、試合の応援に行っても、忠くんがどこにいるか分からないかもしれない」なまえは残念そうに声をあげた。
「そんなに、視力悪いんだっけ?」
「近視と乱視が酷くて」
遠くが見えない人がよくするように、なまえは眉間にしわを寄せて目を細めてみせた。「コンタクト使ってるけど、私はまだ10代だから、あんまり度の強いレンズは良くないんだって。遠くになりすぎると像が滲んでブレブレになっちゃう」
「それは不便だね」
同情の言葉を口にしながら、山口はピントの合わない世界を想像してみた。輪郭のぼやけた体育館と、顔がはっきり分からないコートの上の選手たち。雨上がりの蜘蛛の巣みたいな、誰のものでも無い美しさがあるように思えてくる。