第42章 日曜日(山口忠)
「じゃあ、結局」
正面に座るなまえが、メニューから顔を上げて訊ねた。
「忠くんはどこにいる人なの?」
3回目になるその言葉を聞いて、口に運びかけていたコーヒーカップをソーサーに戻した。神社の時と同じように、見つめ合ったまま、また少しの沈黙が続く。「なまえ、」と山口は呼び掛けた。
「そんなに、俺のポジションが気になるの?」
「気になる」
即答だった。「ミドルブロッカーと、ピンチサーバー。名前は覚えたから、コートのどこにいるか知りたいの」なまえの視線は、山口の顔とメニューの上のケーキたちの間を行ったり来たりしていた。「ほら、人って役割じゃなくて、位置と色で認識する生き物だから」
「位置と、色」
「そう。最初に位置と色を見て、最後に内容が頭に入ってくるのよ。世の中のものって、ちゃんと考えられてできてるの。オーケーは緑、エラーは赤。危険は黄色と黒のシマシマ。戻るボタンは左側で、次へ進むボタンは右側」
ショートケーキは白と赤、と桜貝色の爪が写真を指差す。それを所望のアピールと受け取って、山口は店員を呼び止めた。
「でもね、」となまえは続ける。「本当に重要な決定をする時だけは、わざとボタンの位置を逆に設計しちゃうのよ。進むが左で、戻るが右に。ちゃんと自分は正しい方を押すぞ、って意思を持っていないと、いつもの癖で間違えちゃうように」
「本当に重要な決定って? 」今度は山口が訊ねる番だった。
「すっごく大事な選択ってこと。これで君の人生は変わりますけど、それでも良いですか、って」
画面上のボタンごときに、人生を変えられるなんておかしいと山口は思った。けれどそんなことを真剣な顔で言ってくるなまえのことは嫌いではない。
「だから、ね。ミドルブロッカーの場所を教えて」
熱心に頼む彼女を前にして、山口はやっと、大事な情報が抜け落ちていることに気がついた。