第42章 日曜日(山口忠)
「ブロッカーってことは、前の方にいる人?」
なまえは山口と同い年でも、小さな子供のように興味の赴くまま何かを訊ねることが多かった。「普段は、どこにいるの?」
「普段?」
「試合のとき」
ブロックを真似たつもりだろうか、なまえが両腕を上げてバンザイをする。その手の甲に叶緒が当たり鈴がカラリと鈍い音を立てた。
うーん、と山口は頬を掻く。先日にあった他校との練習試合を思い出していた。普段、どこにいるか、なんて。
「ベンチ……が、多いかな」
それは申し上げにくい事実だったが、隠しておきたいという気持ちも無かった。
「ベンチ?」
また独り言のような呟きをして、なまえは賽銭箱から離れた。社殿の屋根から伸びたひさしが作る影と日差しの境界線を跨いで本殿へと向かう。淡いミント色に染まったギンガムチェックのワンピースを着て、縁石の上を平均台の要領で進もうとする。控えめにリボンがついたミュールが行儀良く繰り出されるのを見ているうちに、山口のくだらないプライドがむずむずと動いて、補足情報が口から飛び出た。
「でも試合では、 よくピンチサーバーとして出るよ」
「ピンチサーバーって?」
「代打のこと」
相手がスポーツのルールに疎いことは分かっているので、言葉を選ぶ。「 野球にも、ピンチヒッターっているだろ」
「聞いたことある」
「そう。あれと似たような感じ。ゲームの流れを変えたい時に、誰かの代理でサーブを打つ」
打つ、のところで、右手が勝手に動いた。目の前の見えない回答ボタンを押すみたいに、軽く手首を曲げて降り下ろす。
「サーブを打つ、だけじゃなくて、サーブを決めるんじゃないの?」なまえは不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「ほら、野球では、ピンチを打破するためにヒットを打つからピンチヒッターって言うんでしょう。だったらバレーのピンチサーバーも、サーブを決めなきゃ」
「打っても入らなきゃ意味ないって言いたいの?」
「そうじゃないの?」
間違ったことを言っているかもしれない、という憂慮はなまえには無いのだろう。現に間違っていないと思う。ただ、その悪意のない厳しさに、山口は苦笑するしかなかった。まるでサーブが入らなかったら、自分には存在価値がないと言われているような気がしたからだ。