第42章 日曜日(山口忠)
二礼二拍手の沈黙の後、一礼をするより早く、「それで?」と、なまえの声が聞こえた。
「忠くんは、どこにいる人なの?」
山口は目を開けて、顔の前で手を合わせた格好のまま横を見る。手頃な小銭が無かったとは言え、お賽銭に10円玉を選んだのはイマイチだっただろうか、と一抹の不安で願掛けどころではなかった時だ。
賽銭箱の上には等間隔に3つの鈴が設けられていて、赤と白の鮮やかな叶緒がそれぞれぶら下がっていた。そのうちの真ん中1本を挟むようにして隣合ったなまえは、同じように両手を合わせたポーズをしながら、山口の方に目を向けていた。ふたり見つめ合ったまま、少し時間が止まった。
「忠くんは、どこにいる人なの?」
テープで再生するみたいに、同じ問いが繰り返される。
言葉や声の調子より、透明感のあるその目元に質問されているように思えた。雨上がりの水滴みたいに、なまえの瞳には小さな光の粒が幾重にも重なりあって揺れていて、そこに葉陰と一緒に映り込んでいる山口は、どこって、と答えに困った。
「ここだけど……宮城。東照宮?それとも、日本?地球?」
ちがうちがう、となまえが笑う。
「さっきの話の続き。バレーボール」
あぁ、ポジションの話か。
この拝殿へ続く石段を上りながら、そんな話をしたかもしれないと思い出す。穴の開いた5円玉か50円玉が無いか財布の中を探すのに気をとられていたので、上の空で会話を交わしていたのは事実だった。
「ミドルブロッカーだよ」
「ミドルブロッカー」
言付けを確認する子供のようになまえは口の中で小さく唱え、覚えたことを確認するために、ひとつ頷いた。それから、また神前に向かって手を合わせ、 最後に深々と礼をした。つられて山口も頭を下げる。