第40章 世界はすでに作られていて、すでに無くなっている(影山飛雄)
タンポポ色の、小さなUFOのような形の帽子をひっくり返すと、つばの裏に男の子の名前と、どこの幼稚園に通っているかが、きっと親御さんの字なのだろう、優しいひらがなで書かれていた。
「昨日の朝に拾って、誰かに踏まれそうだったから、このフェンスにかけといた」影山が、すぐ脇にある金網に手をかける。「でも、帰りに見たときもまだ残ってて、」
私は帽子を日傘のようにして、下から覗く。
「この幼稚園、」
知っているかもしれない、と気付くと同時に、影山が「すぐ近くだ。ここから歩いて、10分くらい」と説明してくれた。
「交差点の手前で右に曲がって、その奥だ」
やけに詳しいね、と思ったけれど、疑問はすぐに晴れた。
「昨日、俺が届けに行ったら、もう園は真っ暗で、門も閉まってて」
「行ったんだけど、みんな帰ってたんだね」
「開いてる時間に行けねーんだ」
朝練で、夜も遅せーし、と継ぎ足される。影山にとっては、今はもう遅刻の時間なのかもしれない。全身を使って私を急かしていることに、やっと今気がついた。
それから、頼みがある、と言われていたこと。
手の中の、お日さまみたいな色の帽子を眺める。
これを、
「私が、届ける?」
「良いのか!?」
影山が飛び付いてくる。ぽかんとしていると、「い、良いだろ!?」と表情がすぐに険しくなった。
「園の門が開くまで待って、すぐ学校へ向かえば、担任よりは遅くならない………はず、だッ!」
「ほんとに?」
「ココア飲んだだろ」
「飲んだ」
飲んだ手前、断りにくい、と考えるべきなのかもしれない。
右手に持った紙パックを振る。まだ中身がたくさんあった。契約のココア、と口に出す。
「ダメなのか?こっちは一晩悩んでんだよ」
怒りを隠そうともしない影山に、「どうしてそんなに必死なの」と訊ねると、「お前、知らないのか!?」と大袈裟に驚かれた。
「帽子をなくすと、母親にすげー叱られんだぞ!!」
経験者なんだね、と私でもわかるくらい、影山は丁寧に、そして早口に話をしてくれた。帽子をなくすと、大人に怒られること、なかなか新しいのは買ってもらえず、友達にもからかわれること。
それは家庭によるんじゃ、と口を挟もうとしたら、「それに、」と影山が言葉を重ねた。
「落ち込んでるかもしれねーだろ。こいつ」