第40章 世界はすでに作られていて、すでに無くなっている(影山飛雄)
電車に乗って、座席の一番端に腰かける。
今日は何か、やることがあったのかな、と考える。
なかった気もするし、あった気もする。
手帳を見たら、メモがしてあるかもしれない。
そこまで考えて、目を閉じた。
電車が線路の繋ぎ目を通る時の、定期的な振動が心地よかった。
学校のこと、学校にいるときの自分のこと、 学校にいるときの自分を見ている他の人のこと。
いろんなことが、 電車に乗った自分から剥がれて、外の景色と一緒にはらはらと後ろに流されていく。
1枚、また1枚、
残ったのは、からっぽになった自分。
しんとした世界で目を閉じる自分。
ジャムになりたいと思った。
砂糖と一緒に、コトコトと鍋で煮詰められて、甘く溶けて、瓶詰めにされて、
遠い国の田舎の眠たそうな目をした女の子の朝食になる。
焼きたてのトーストの上に広げられて、食べられる。いただきます、あーん
「おい」
低い声がした。「おい、なまえ」
顔を上げると、ちく、と白い光が目を刺した。手で額にひさしを作ると、いつの間にか、電車を降りて、もうすぐで学校が見えてくる、というぐらいの道の上を歩いていた。
声をかけてきたのは、影山だった。しばらくここに立っていたのだろうか。真っ黒の学生服と、釣り上げたきつい目と、への字に曲げている口。
紙パックの飲み物を押し付けられた。
「飲め」
目が合う。「いいから、飲め!」
丸まっていた手をこじ開けて、無理矢理握らされた。
指先に水滴がじんわりと絡まってくる。それが体温で温くなる。眺めていたら、大きな手がストローを飲み口にさした。プツン、と小さな穴が空く。