第39章 始まりは睫毛より上(花巻貴大)
パン、と手を叩き「完了しました!over」と花巻くんが誇らしげに言う。仕上げにお肌の保湿までしてもらえて、”今日はありがとうございました。お会計は幾ら?”と口から勝手に出てきそう。
整形でもメイクでもないので、鏡を覗いて「嘘、これが私….!?」なんてことにはならなかったけれども、キチンと上品な形に眉毛が整えられていた。もしかしたらすごいファンキーな感じにされてんじゃないかと不安だったが、ほっと胸をなでおろす。
「ありがとなー、みょうじ。すっきりしたわ」
「こちらこそ。花巻くんは将来これで飯を食っていけるね」
再び出された紅茶を飲みつつ、幸福感で胸がいっぱいになる。あいつヤンキー入ってんじゃね?と遠巻きに見ていた男子の家によもやこんなハッピーな空間が存在していたなんて。
「前よりずっと、良くなったな」
机に乗せた腕を枕にして、目を細める花巻くんを見ているうちに、次も私みたいな冴えない女の子を自宅に連れ込むのだろうかと考える。今日のこれは今日限り、明日からまた用事がなければ会話もしないクラスメイトに戻るんだろうな。
「ごちそうさまでした。いろいろとありがとうね」
荷物を持って、玄関まで見送ってもらう。バイバイと手を振ると、「おう」と花巻くんは屈託のない笑顔を見せる。「じゃあ、また2週間後にな」
ん?
「それまでは自分でいじるのはカットだけにしとけよ。回数重ねて安定した形に整えてくから」
んん?
「なにそれ、これで終わりじゃないの?」驚いて訊ねると、1日で綺麗になるわけねーだろ、と花巻くんは乱暴に吐き捨てた。「2か月掛りのプロジェクトだわ」
「うそん」
「姉貴の言葉を借りると『美はローマと同じ』だ、1日にしてならず」
「そうなの?そういうもんなの?」新手の詐欺とかではなく?
「あと気になったけど、お前唇荒れてるだろ」
「えぇ…」
「来週はパック。んで、その次は髪のトリートメントも追加な。わかったらさっさと帰って22時までに寝ろ」
いやいや!と反論しようと口を開けたが、サッとスマホの画面を出されて、何それ怖いと沈黙する。やだそれ暴露されたら私社会的に死んじゃう。
お邪魔しましたーと笑顔を引きつらせ、私は玄関の扉を閉めた。
女の子って大変なんだね。
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おしまい
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