第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
今回は何て言われんのかな。
今までのチャレンジに思いを馳せる。人生思い通りにいかないのはあたりまえなのだから、思い通りの結果が出るまで手を尽くして挑み続ければ良いと考えていた。つまり、断られても諦めるつもりはゆめゆめなかった。
そんな前提で身構えていたのだから、「その申し出、お受けします」と言われた時には頭が追いつかず「え?」と聞き返してしまった。
「良いですよ、と言ったんです。デートのお誘いだけですが」
「……まじで?」
「まじです」
真剣な目をされた。まるで今から戦場に向かうんかと聞きたくなるくらいの気迫で、「あ、はい」と俺の方が恐縮してしまう。「ありがとうございます」
「宜しくお願いします」
髪に耳をかけながらなまえが、遠くの何かに気が付いて「あ」と表情を変えた。「ワンちゃん」
ワンちゃん?
ぎゅんッと首をねじってなまえの視線の先を追う。少し離れた木の側に、宵闇に紛れて人影がある。誰だ?と目を凝らしたが知らない人だ。
なまえはベンチからそわそわと腰を浮かせ、「ほら、柴犬ですよ。こっちに来る」と教えてくれた。そこで初めて、人影が犬を散歩させていることに気がついた。そうか、犬か。っつーかそんなことより、
「ワンちゃんて、お前ずいぶん可愛い言い方するんだな」
「ダメでしょうか」
「ダメなわけない」
その柴犬は、正確には柴犬を連れている人間は、俺たちの座っているベンチの近くまでやって来る。人の良さそうなおばさんだったので、「こんばんは」と深く考えずに挨拶をすると会釈を返してくれた。
柴犬は短い呼吸を弾ませながら、リードが伸びるギリギリまでこちらに向かって鼻を寄せてくる。犬の方にも、「ワンばんこー」と手を差し出して声をかけたら、ふふ、と息の漏れる音が聞こえた。信じられない気持ちで隣に視線を移す。
「なまえ、いま、笑った?」
「………ちょっと」
「ちょっと笑ったよな?な?」
やべえぞ、超可愛い。
天にも昇りそうな気分になる。
ズバリ動物好きと見た。