第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
商店街を抜けたところに開けている公園で、飲み物を買って良いか自販機を指して訊ねると、なまえは「どうぞ」と言って自転車をベンチの横に止めた。迷惑そうな顔も、嬉しそうな素振りも見た目では確認できなかった。
「考えたんだけどさ、」
2本買った缶ジュースを両手に持って、なまえの隣に腰かけた。
「自分のために誰かが怒ってくれるってのは、幸せなことだよな。ありがとう。俺のために拗ねてくれて」
缶ジュースを1本差し出す。
「その言い方、嫌味みたいに聞こえるので気を付けた方が良いですよ」なまえの腕が伸びてくる。「いただきます」
「160円な」と言ったら手が引っ込んだ。
「奢りじゃないんですか」
「冗談だよ」笑いながら、再び差し出す。「320円」
それも冗談だと認識したのか、なまえは無言で受け取った。一瞬だけ指が触れ合う。夜の静寂に、缶の蓋を開ける音が響いた。
「さすがに夜は涼しいですね」と缶の縁に口を付けたままで溢したなまえの台詞が、結果的に、開始を告げる合図になった。
「なまえ、言いたいことがあるんだ」
膝に手を置き、畏まって言うと、「どうぞ」と、先ほど飲み物を買っていいか訊ねたときと同じ調子の返事があった。
公園の周りには、帰路につく人たちの影がちらついていた。なまえは散歩中の犬を目で追っている。
けれどこうして2人で向き合っていると、ここが世界の始まりのように思えてしまう。
大袈裟なくらいの咳払いをして、あの、と口を開く。「俺と、付き合ってください」
なまえは犬から目線を外さず、呑気にジュースを一口飲んで、「まさかとは思いましたが」と言った。「この流れで言いますか、普通」
「ダメなのか」
「いえ、先輩らしいと思います。これで何度目か分かりますか」
「3回目だ」
「そうです、3回目」