第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
「本当に、もったいないですよね」なまえが身体を引いて言った。
「もったいない?」シャツのプリントを見下ろすと、「先輩が、ですよ」と突っ込まれる。
「せっかく恵まれてるのに、そんな風なんて」
恵まれている、という言葉の意味をうつむいたまま考えたが、心当たりがなかった。もちろん"そんな風"もどんな風だか分からない。顔をあげて「どういう意味だ」と発言した本人に訊ねる。
「誠実なのに、不真面目なところです。格好いいのにセンスが残念なところ。バレーだって、技術もあって、全体に気を配れるのに……」
ごにょごにょと健康的な色の唇が動いている。もしかして、とピンとくる。「お前もしかして、正セッターが白布になったことに、まだ納得してないのか」
むう、となまえが押し黙る。
「嘘だろ」今度は俺が呆れてしまった。
先日のスタメン発表の後、なまえが監督に不服申し立てをして門前払いを受けていたのは知っていた。けれど、それを今日まで引きずるなんて。
「いい加減受け入れろよ。未だにおクチとんがらせてるのなんて、お前しかいないぞ」
「でも、瀬見先輩のほうが上手いのに」
形の良い眉がへにゃりと下がった。声の調子はいつも通りだけれど、泣くのかもしれない、とヒヤヒヤする。