第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
「先輩の考えてることはよくわかりません。こうやって、わざわざ帰り道までついてくるし」
「いや、俺は一緒に帰ってるつもりなんだけど」不意を突かれて面食らう。「ちょっと伝えたいことがあって」
「あぁ、それで。なんとなく想像はつきました。でも、理解しかねます。部活は楽しい方が良いと言うし」
「なんだって楽しいのが一番だろ」合わない歩幅を揃えながら両手を広げた。
「先輩は、」
次に出てくる言葉を、なまえが飲み込んだのが分かった。
「先輩は、……少し、へらへらしすぎです」
「お前がピリピリしすぎなんだ」
なまえだけじゃない。ここ最近、部員たちの作り出す空気の色が変わってきている感じがする。
夏の大会が近いこと。1年の五色が上級生を退けてスタメンに選ばれたこと。
監督の厳しい指導、あれは愛情と期待の表れだ。それは皆が知っている。
だからこそ、五色が集中的に怒られるのは好ましくない。
自分が笑われて場の空気が緩むなら、いくらでも馬鹿なことはしたかった。
「緊張感が高い時期こそ、和ませ役が必要ってわけですか」
なまえが呆れたように俺を見る。「だから毎日、変なTシャツ着てるんですね」
「変とは失礼な」
ムッとして、見ろ、とTシャツに描かれた黄色い犬のプリントを両手で摘まむ。「ジェイク・ザ・ドッグ。愛らしいだろ?」
「これ、犬なんですか」
なまえは目を瞬かせて、良く見ようと顔を近づけてきた。
「犬じゃないなら何なんだ」
この頭を撫でたら怒るだろうか、と胸元を見下ろしながら考える。学校の職員室にいる食虫植物を思い浮かべた。甘い香りの粘液に誘われてきたコバエをぱくっと食べても誰も怒らないように、カートゥーンキャラクターのイラストに釣られた後輩を抱き締めても罪にはならないかもしれない。コバエは怒るかもしれないけれど。