第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
「瀬見先輩、わざと返事をしましたね」
マネージャーのなまえが、手で押していた自転車をキッと止めて俺を見据えた。
帰り道のことだった。
シャッターと夜のとばりが下りた商店街。白い街灯が頭上で光る、すずらん通りの道の途中で、俺は「え」と立ち止まる。
「バレてた?」
「バレバレです」
冷たく言い放ち、なまえは前に向き直って歩き出す。長い後ろ髪が追いかけるようになびいた。
カラカラと車輪の音を響かせて、丸い光の模様が点々と浮かぶ道を行く華奢なシルエットからは、不機嫌そうなオーラが出ている。
その背中に向かって、「でもさぁ、」と言葉を投げた。「工のやつ、ここんとこ毎日怒られっぱなしなんだよ。昼休みまでしょげてたし」
「知ってますよ」と返事がある。「まさかあれで助けたつもりなんですか?」
「俺はただ、落雷を逸らす避雷針になっただけだ。被害を抑えただけ」
そうですか、とは言うもののなまえは足を止めない、振り向きもしない。その誰にも媚びない姿勢が、存在を潔くさせているように思えた。緩やかな坂の両側に並ぶ店々は深く眠りについていて、直線の道のり、肩の向こうの先は夜空と消失点。
「それはつまり、同情ってやつですか。憐れみですか」
「そういうわけじゃない」
強い口調になった。
大股で歩いて、隣に並ぶ。一呼吸おく。「正義感とか、そういうんじゃない。でも、部活は楽しくやるもんだとは思ってる」
楽しく?
小さい声でなまえが反芻をした。眉をひそめている横顔が、幼く見えて可愛いと思う。どうしたんだよ、と俺は覗き込むようにして訊ねる。
「今日はやけに突っかかるのな。さてはご機嫌斜めか?」
黙って睨まれ、右手であっけなく払われた。