第38章 honey honey, doggy honey(瀬見英太)
良くあるミス
ではあるものの、ボールがてんてんと弾む音だけ残して周囲が異様な空気に包まれる。
ツトムというのは後輩の五色工のことであって、俺じゃない。俺の名前は、
「英太…!」「はい」
そう、セミエイタ。ツトムのツの字も入っていない。
監督が体育館の壁際からこちらにゆっくり歩いてくる。ゴロゴロと近付いてくる雷の音を思い出す。俺は目を閉じ気をつけの姿勢になって、災難を受け入れる準備を整えた。
落雷。
「ふざけとんのかァ!!!」お手付きの罰で怒りは2倍。
「すんません間違えましたァッ!」ありったけ叫んで謝罪する。
「1年からもっぺんやり直して来い!」
やり直す、とか!
「タイム風呂敷……!?」
小声で呟けばチームメイトからクスクスと笑いが漏れる。つーんとした白布と気にも止めない若利だけは練習を中断すること無く続け「英太クン、どんま~い」と背中ごしに笑って去っていこうとする天童には無言でその尻を鷲掴みしてギャ!と言わせてやった。
コートの真ん中で怒鳴られそびれた1年の工が、拍子抜けした顔で俺を見てくる。
目が合った。顎先に溜まった汗を拭おうともせずに息をしている。
一瞬、どうしようか迷ったが、俺はゆっくりと右手を挙げた。監督の手前、笑うことはできない。
悪い、と声には出さず、口だけ動かして謝っておく。
これが俺と、俺の部活動。
監督はおっかない。主将は堅物で我関せず、同窓生は俺の私服がダサいと吹聴していて、正セッターの座は2年に渡る。
とかくこの世は生きづらい、とは、何処で聞いた言葉だったろうか。
人間の世は住みにくい。遣る瀬がない。なんか楽しいことねーかなーなんて言葉が口から飛び出て溶けていく。
でもなぜだろう。
こんな日々から抜け出したいとはあまり思わない。
その答えは、多分、譲りたくないものというのがあるからで、