第37章 静謐な人々(牛島若利)
毎年一度、仙台七夕祭りの時期になると、なまえは短冊に同じ願いを書く。
『バスケが上手くなりますように』
毎年変わらず、字だけが綺麗になっていた。
冬の初詣、夏の流星群。
巡る季節の中で両手を合わせ、静かに祈る彼女の横顔を見ていつもわたしは思うのだ。
この子はわたしと同じくらい、バスケが好きなのだ、と。ただ、口に出さないだけで。
試合で投げられるなまえのフリースローは、美しい曲線を描いてゴールに入った。
ねぇ、と声をかけられる。なまえはコーヒーカップに手をかけて、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「あんたって、将来の夢はある?」
「ないよ」わたしはニッと笑った。「なまえはあるの?」人がそういう聞き方をする時って、だいたい自分の話がしたい時なのだ。
机の上に置かれた付箋が目立つ赤本には、難関大学の経済学部の文字が躍っている。けれど、多分、合格よりも、ずっと先の世界の話をしたいのだろうなと思った。
「夢、あるよ」なまえはカップの取っ手を撫でて言った。「誰にも言ったことはないけど。もしかしたら、叶うまで、誰にも言えないかもしれない」
「かまへんかまへん」
わたしはわざと明るく右手をひらひらと動かした。「だってうちらまだ18よ?こっから何して生きたっていいんでしょ。猫になりたいって言って着ぐるみ作ってコミケ行ったって許される世の中なんだから。無限にある選択肢の中から、一つ自分の夢として選び取ったことを誇りに思おう。上出来やで」
ふふ、となまえは笑みを零す。「あんたって、ほんと面白いよね」
嬉しい。
「じゃあさ、夢は教えてくれなくて良いや」とわたしはテーブルに身を乗り出す。「なまえって、好きな人とかいるの?」
この質問をするのは初めてだった。なまえ自身も、「好きな人?」と意外そうな声を出して、しばらく黙った。頭の中にある知り合いリストを、順番に確認しているようだった。