第36章 青葉雨の日(松川一静)
枕元には、漫画本が置いてあった。主人公の男子が街に佇んでいる表紙で、なまえは眠る前、この漫画を読んでいたのだ。
夢の世界から現実へ、次第に目が醒めてくる、と同時に、記憶の糸がするりとほどかれてくる。
この部屋に、花巻と遊びにきたこと。3人で、手に余るほど多く出された連休の課題に取り組むつもりだったこと。
けれど横のテレビでは、終始映画のDVDが再生されていたこと。今は電源が落とされて真っ暗である。
確か、となまえは思い出す。確か、勉強に飽きて、わたしはベッドでごろごろしていたのだ。適当に目についた漫画を手にとって読んでいた。登場人物たちが言葉巧みに騙し合いをする話で、世界観がよく飲み込めないままに3巻まで読んで、飽きて、気付いたら花巻と松川も両側に寝転んでいて、すごく狭い、と思いながら、「これは両手に華ですなぁ」と笑って言ったのだ。
それ以降の記憶は曖昧である。
ゆっくりと上半身を起こすと、頭が鉛のように重かった。
花巻の姿が見当たらない。ということは、もう帰ったのだろうか。
そして私は、松川と一緒のベッドに残されています、と。
はて、と頭を傾げた後、そろそろと毛布の中の自分の姿を確認した。遊びに来た時のまま、変わらない格好だ。序でに松川の衣服もみるが、白Tにスエットとは言え着衣である。
「ですよね」と笑いを溢した。ここで何かを心配するのは余りにも滑稽だ。
もそもそと頭を掻く。シャワーを浴びたい、と思った。蒸し暑くはないが、寝汗をかいたようで、目には見えない膜がまとわりついているみたいで心地良くはない。
寝る前に此処でくつろいでいた記憶は遠い彼方。寝台という船に揺られて、いくつもの日付変更線を跨いで帰ってきたような気分だ。
あー、と腕を伸ばして倒れ込むと、曲げた指の関節が松川にぶつかった。