第36章 青葉雨の日(松川一静)
シトシトという、雨の降る音を聞いていた。それ以前の記憶は薄く、あぁ、いつの間にか寝ていたのか、となまえは思った。
うっすらと瞼を開けると、辺りは群青色の硝子越しのようにほの暗く、頭上にかかる濃紺のカーテンの向こうが淡く白んでいた。けれど、夜明けなのか、それとも日が暮れるところなのか、判別がつかない。
一体、いまは何時だろう。
答えを知る気にもなれず、なまえは毛布に身体を包み直して目を閉じた。
遠く聞こえる雨音のせいだろうか。長い眠りから醒めて、眠いと思う前に、また眠りに落ちるのをくり返していた。もう随分と寝ている気がする。
果てしない時間の中を、断続的に、夢とうつつの狭間を浮き沈みして、所在のないままにこんこんと眠り続けているようなのだ。
ふわふわとした感覚に身を預け、うっとりとまどろんでいると、ふと、すぐ側で、誰かの息づかいがあることに気が付いた。
しんとした部屋で聞こえる、穏やかな、深い呼吸のくり返す音。
首をねじって見ると、誰かの背中があった。広く、大きな白いTシャツから伸びる逞しい腕は、寝台からはみ出している。沿うように横たわるその人を見て、あ、とすぐに気が付いた。
「松川」
寝起きの掠れた自分の声が、自分ではなく別のところから聞こえたように思えた。
松川がいる、と考えて、僅かに上下するその影をぼんやりと見つめていた。
彩度の低い、青みがかった視界の中で、その広い背中や、肩甲骨や、首まわりの凹凸が滑らかに繋がっているのを観察しながら、どうして私、松川の隣で寝ているんだろう、と考えた。
よくよく見渡すと、天井も、カーテンも、なまえの家とはまるで違う。
そうか、ここは松川の部屋か。