第35章 瓶詰めラット(矢巾秀)※
「どうしたんだ、こんなとこで」
「家に帰るところです。俺んち、この駅の近くで」
ギリギリ嘘はついていなかった。自分の家は駅から近い。ただし、ここから線路を挟んで反対の出口側にある。
先生こそ、どうしたんですか?とは聞けなかった。代わりに、他愛もない話をしてすぐに別れた。
歩きながら振り向くと、水瀬はホテルの前を通りすぎ、そのまま曲がり角で姿を消した。目立たない場所で待っていたら、数分後に再びやって来て、ホテルの中へと入っていった。
「そこまで見てたって、なかなかの暇人だねぇ」
「部活がない日は暇なんだ」
「他にやることいろいろあるでしょう」
「それはお互いさまだろ」
まぁ、確かにね?となまえは笑った。照れている様子も、悪びれる様子もなく、机の上に乗ったまま、髪の毛を一度手ぐしで整え、片膝を引き寄せると、右足の靴をするりと脱いで床に落とした。
それをぼんやり眺めていると、彼女の足が伸びてきた。黒い靴下のつま先で、円を描くように膝小僧をくすぐられる。徐々に上へとのぼり、ハーフパンツと太ももの隙間に、滑るように侵入してきた。
「な、なに?」
柔らかい感触に腰が引けた。身体の芯が熱くなる。
「んー?」となまえはおっとりした反応で、露わになった白い太ももを隠そうともしない。
「口止めってやつかなぁ」
触れるか触れないかのところを、布越しにゆっくりとなぞられる。ゾクゾクとした波が押し寄せてきて、矢巾の唇から吐き出す息が震えた。
胸の辺りが焼けるように熱い。無意識に、自ら押し付けるように腰を揺らしていた。強くなる刺激に、情けない声が漏れる。
変なの、となまえが笑いを零した。「悦んでるの?」
矢巾は返事をしなかった。言葉に出してしまえば、全部ひっくるめた背徳感に焦がされるような思いがした。