第35章 瓶詰めラット(矢巾秀)※
「それで?」
話を聞いていたなまえは、一番近くの机に座ると、開き直ったような態度で足を組んだ。「私をつけて、何かわかった?」
「うん、まぁ……いろいろと」
言い淀んだのは、この後に及んでも目の前の生足に釘付けになってしまった自分の不甲斐無さのせいなのだけれど、なまえは別の意味に捉えたようで、「驚いたでしょ」と顔を覗き込んできた。
「驚いた。それなりに」と矢巾も返す。「あんな駅前にもラブホってあるんだな」
それは正直な感想で、口に出したら、とてもつもなく間抜けに思えた。
何も買わずに古本屋から出たなまえは、道路を挟んで正面にある喫茶店に入った。そこでミルクティーとスマホで20分ほど時間を潰し、次に訪れたのは駅前の通りを2本ほどずれた路地。ひっそりした道沿いにある縦長の小綺麗な建物だった。パッと見ではスタイリッシュなマンションと変わらない。ただ、上品な看板に書かれた文字には、ホテルを表す文字が刻まれていた。
すぐに意味を理解することはできなかった。
こんなところになぜホテルが。地味な場所にある控えめな外見、これで宣伝は大丈夫なのだろうか。そもそも、なまえはなぜ一人でこの中に。
なんとなく近寄りがたく、それでも察せるところもあって、信じられない、というか、信じたくない気持ちで、そのホテルの名前をスマホで調べた。
それまでは、高速道路沿いなんかで見かける「休憩 6時間 XXXX円!」なんてデカデカとした垂れ幕を掲げているようなところしか知らなかった。城とか、UFOとかを模した仰々しい建物ばかりなんだと思っていた。
あぁ、ここもそうなんだ。へー、こんな近所にもあるんだな、へー。
自分でも動揺していたのかもしれない。サイトに書かれていた1室分の値段が、手持ちでは到底払えないような額で心がへし折られたからかもしれない。そそくさとその場から離れようとしたところ、ばったり水瀬に会ってしまった。
目深に帽子を被っていたから、はじめは誰か気づかなかった。すれ違うより前に、向こうが自分を見て一瞬ぎょっとしたような顔をしたから、わかってしまった。目が合うと、「やぁ、5組の矢巾だな?」ともっともらしい様子で近づいてきた。