第35章 瓶詰めラット(矢巾秀)※
「せっかくだから、矢巾くんも一緒に見ようよ。夕日が綺麗なんだぁ、ここ」
促されるままに、教室の中へと入る。使われていないそこは卒業式の日のように空っぽで、西を向く窓から、燃えるように赤い夕日が一望できた。確かに絶好の観賞スポット。窓際に腰かけて外を眺めるなまえも混ざると、綺麗、というよりは、退廃的な光景だった。
彼女は振り返ることもせず、部活の途中ではないのかと尋ねてきた。
「どうして私のことなんか追いかけてきたの」
「お前、いつも同じくらいの時間に通るだろ、二階のギャラリー。体育館のコートから見えてんだ」
「そうか。気づいてたんだ」
「気づいてた。火曜と木曜。だいたい18時前」矢巾もなまえに近づき、横並びになるように立った。
「ちょっと気持ち悪いなぁ、矢巾くん」
「だよな。俺も自分でそう思う」
「ストーカー趣味でも始めたの?」
「そう。実はそうなんだ」頬を掻いて、正直に白状した。「昨日の午後から」
途端、なまえの表情が曇った。
「お前さ、昨日駅前の古本屋にいただろ?時間潰しなのか何なのか知らないけど。俺もいたんだ、そこに」
青城のバレー部は、毎週月曜は部活が休み。もう遊ばなくなったゲームソフトを中古で売りに訪れた店で、偶然、なまえを見かけた。いつもなら声をかけるところだ。けれど、学校とは違う妙な空気を纏っていた彼女の姿に、躊躇ってしまったことが悪かったのかもしれない。
店内を冷やかして歩くなまえは、着ていた衣服や、バッグが、女子高生の放課後の私服にしては、やや大人すぎており、あまりにも似合いすぎていた。
本棚の間をすり抜けるように歩く彼女を、観察していた、というよりも、見とれていた、という表現の方がきっと正しい。3300円です、とのカウンターごしの店員の声で、現実に戻された。
「そんなにもらえるんスね」
「発売されてまだ間もない商品ですし、付属品もすべて揃っていますので」
冴えない見た目の店員はそう言って、現金を渡してくれた。手のひらに乗った千円札と小銭を握り、ラッキー、と独り言をこぼした時に、思いついた。
この3300円が尽きるまで、彼女の後をついていってみようかな、と。