第32章 まだ間に合うからジュリエット(牛島若利)
分かっていた。
最初から分かっていたことだった。
「あの牛島若利が嫉妬とかするわけないもんね!?」
私が一番よく分かっていたはずだ、 期待するなんて馬鹿だった!
換気扇の音に負けじと、 大声で悪態を吐いた。 フライパンの中身をかき混ぜながら、 ガタガタと揺する。 色が変わり始めた牛肉と玉ねぎとマッシュルーム。 バターの香りがふんわりと立ち上る。 それを乱暴にかき混ぜる。 ガタガタ。 苛々。 モヤモヤ。
こんなに苛々していても、 ちゃんとご飯を用意してあげるなんて、 私はすごくいい女だ。 毎日当たり前のように食卓に料理が並ぶことは奇跡のように特別なことなのだと、 牛島は理解しているのだろうか。
"青城のマネージャーが、 白鳥沢のエースと交際をしている"
という事実を、 私は長いこと秘密にしていた。 理由は言わなくても分かるだろう。 付き合った経緯なんて今更恥ずかしいから聞かないで欲しい。 モンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエット。 ジェット団のトニーとシャーク団のマリア。 とにかくつまり、そういう覚悟で、 私は牛島の彼女になった。
隠しているうちに、 高校最後の大会が終わり、 部活を引退して、 そのうち学校も卒業した。 私は元青城のマネージャーになり、 牛島は元白鳥沢のエースになった。 それでも私たちは付き合っていた。 もしかしたらいずれ結婚するのかもしれない。 そう考えると、 いつかはバレることだと思った。 だから袋叩きに合う覚悟で、 自ら青城のメンバーに報告したのは大分前のことになる。 特に仲良くしていたあの4人には、 わざわざ飲みの席を用意して発表した。
実は牛島と付き合っている、 と。
乾杯した直後に打ち明けた時、 テーブルを囲んでいた大半がビールを噴き出した。 ミスト状になったアルコールと咳込む音が舞う中で、及川に一言だけ「死ねよ」と言われた。