第32章 まだ間に合うからジュリエット(牛島若利)
それでも時の流れが持つ力はすごいものだった。 彼らは長いとも言えない月日を経て、 私の彼氏は牛島若利という現実を受け止めた。 今でもなんだかんだ言いながらも一緒に飲んでくれるのだから、 非常にありがたいことだと思う。
しかし不思議なことに、 年々、 私への風当たりは強くなっている。
「お前は面倒くさい彼女だな!」
いまや花巻は、 無遠慮に箸の先を私に向けてくる。
「四六時中恋人のことを一番に考えるなんて無理だろ。 気付けよ」
松川は大抵上から目線。
「ましてやあの牛島だもんな」
岩泉は私がお手洗いに行っている間、 いつも食べ物か飲み物に何か変なものを混ぜる(これは高校のファミレス時代から変わっていない)
「結局はね、 なまえちゃん。 みんな自分の用事が一番大事なんだよ」
及川ですら私の味方になってくれない。
「私、 あの人に全然構ってもらえない。 大切にされてる自信がない」
悲しみを露わにすれば、 それは違う、 と口を揃えて反論される。
「お前は大切にされている。 ただ相手が悪い。 お前も悪い」
そして最後には、 だから女は、 そう言う男は、 という水掛け論に発展し、 打開策もないままにお開きになる。 という内容の飲み会を繰り返していた。 だから花巻の旅行に行こうという提案は、 私たちをにわかに盛り上がらせた。
「行きたいよ!?そりゃ旅行に行きたいよ!でも男4の女1だよ!?温泉で泊まりだよ!?浴衣とか着ちゃうんだよ!?ラッキースケベとかあるかもじゃん!少しは渋ったりしてほしいじゃん!」
束縛されたら面倒だけど!!!と怒りをフライパンにぶつけて炒める。 バーカ、 知るか、 アホ、 私は何を望んでいるんだ、 バーカ。
玄関のドアが開く音がした。 ただいま、 と事務的とも言える声が聞こえる。 牛島がロードワークから帰ってきたのだ。
「おかえりなさい!」
語尾まで押し付けるように叫び返すと、 すぐにキッチンのドアが開いた。
「なまえ」
「なに」
「機嫌が悪いのか」
「そうです!」
見てわかんない?と挑発も加える。 へへーん、 牛島なんて怖くないもんね。 バーカ。 とまではさすがに言えない。