第31章 君の恋路に立たされている(松川一静)
「すごい身長差、 だって」
おずおずと振り向きざまに見上げると、 私の背後を守るような位置に松川が立っていた。
真下からのアングルのせいだけじゃないだろう。 表情が険しい。
目が合うと、 「ごめんな」と謝ってきた。
「そんな!私も背が低くてごめん」
「違うくて、 あいつら」松川は遠く廊下の果てを指差した。 「変なこと言ってただろ」
あいつら、 とは、 及川くんたちのことだ。
「話、 聞いてたの?」
「聞いてない。 見かけたから近づいたら、 逃げられた」
彼はとてもさり気無く舌打ちをした。 元から多少の悪人面ではあるが、 獲物を取り損ねて拗ねる動物の姿と重なる。
「花巻の奴等に、 何言われたわけ?」
冷静沈着な虎でも、 実は狩りの成功率は低い。
という話を思い出し、 「別に」と私は笑った。
「ただの友達想いの高校生です、 って」
「なにそれ」
「あと、 好奇心旺盛って言ってた。 それから……」
なんだっけ、 と首をひねって、 あぁ、 と呟く。 「心配性、 だってさ」
「うわ、 余計な御世話すぎる」
うへぇ、 という声を漏らして、 松川は右手をひらひらさせた。
「まぁいいや。 後でまとめてシメとく。 一旦全部忘れてくれや」
「待って」
どこかへ行こうとする松川を引き止めようと、 手頃な場所にあった彼のベルトを咄嗟に掴んだ。 「うぐ、 」とくぐもった声がしたので、 「あ、 ごめん」と手を離す。
「あのさ、 松川、 今朝の、 結局どうするの?」
「今朝のって?」
松川はうんざりしたような顔をしていた。 「靴棚なら、 あのままで行きたいんだけど。 楽だし」
「違うくて、 そっちじゃなくて」
周囲を気にして、 ラブレター、 と小声で囁くと、 今度こそ、 勘弁してくれ、 といった表情になった。
「あれがラブレターかどうかは、 中身を確認しないとわからねぇだろ」と、 大儀そうにずれたベルトを直す。 「逆に言うと、 俺が封を開けるまで、 あれはラブレターとは言えない、 と、 思いたい」
「嘘、 まだ読んでないの?」
「読んでない。 っつか、 読めなくなった」
「どうして?」
「盗られたんだ」 抑揚のない声で白状した。 「あいつらに」
あいつら、 とは。
もうさすがに分かる。