第31章 君の恋路に立たされている(松川一静)
「ご、ごめんなさい」と私は身体を小さくした。 「見逃してください」
一瞬の沈黙の後、 「ほら~ 」と暢気な声が上がる。 「マッキーのせいで、 なまえちゃん怖がっちゃったじゃん」
「俺かぁ?物騒な顔の奴がいるからじゃねーの」
「あ゙ぁん!?」
「岩ちゃん、 女子の前でその声出すのやめたら」
真顔で指摘した及川くんだったが、 突然、 「あ」と発した。 それを合図に残りの2人もピタリと固まる。 揃ってくるりと背中を向けたかと思うと、 先を争うようにバタバタと走り去っていった。
残された私は棒立ちのままだ。
ぽかんとするしかなかった。
まるで3分しか戦えないヒーローの撤退を見ているようだった。 彼らの身体にはタイマーが仕込まれているのかもしれない。
という妄想はさておき、 廊下を猛ダッシュする男子が3人もいたら、 どうなるか。
行き交う生徒が、 何事かと喧騒を振り返る。 悲鳴を上げて道を空ける人もいる。 タイミング悪く教室の扉から出てきた教師が岩泉とぶつかりそうになり、 抱えていた書類があわや落ちそうになった。
「おい!お前ら!!」教師の怒号が飛んだ。
「スンマセーン!!!」と被せるように聞こえた無駄に良い声は、 みるみるうちに遠ざかっていく。
怒りの矛先を失った教師は、 「バレー部の奴らか?」とぶつぶつ文句を溢して、 グルンとこちらを向いた。
「おう、 危ないだろ。 あいつらに後でちゃんと言っとけ」
わ、 とばっちりだ。
理不尽に感じながらも、 「すみませ……」と頭を下げようとした。 しかし、 真後ろから「ウス」と低い声が被さってきて、 口を噤む。
「明日の練習試合は、 あいつらにずっとラインズマンやらせときます」と頭上から、 降るように声がする。
おいおい、 と教師の表情が緩んだ。 「あいつら抜けたら、 試合勝てないんじゃないか?」
「そんなこと無いっスよ。 俺の独壇場なんで」
「ハハ、 頼もしいな」
それから教師はしげしげとこちらを見つめ、 「しかし、 お前らは、 すごい身長差だな」と感心したように言い残して去っていった。
その背中を無言で見送った後、 恐る恐る後ろに呼びかけてみる。
「……松川?」
「松川です」
ですよね。