第31章 君の恋路に立たされている(松川一静)
岩泉は、 1年の頃だけ一緒のクラスだった男子生徒だ。
一 (ハジメ)という名に相応しく、 真っ直ぐな正義感を持ち、 裏表の無い性格で、 そして誰にでも平等な人間だった。 誰にでも親切で、 誰にでも怒る。
2年生からは、 階が分かれたせいで滅多に会わなくなった、 けれど、 今でも彼が視界に入ると背筋が伸びる。 怠け癖のついた自分に後ろめたさを感じるからだ。
「どしたの?これから部活?」
気を取り直して尋ねると、 「あ?あぁ、 まぁ……」と歯切れの悪い返事が。
いつもなら真っ直ぐ見つめてくる彼の目が、 今日は明後日の方へ向いているので、 不思議に思う。
「誰か探してるの?」
「あー、 違うんだ、 その、 あれだ……みょうじ?」
「はい、 みょうじです」
「最近、 どうだ?」
どう、 とは?
クエスチョンマークが浮かぶ。
どうだと聞かれましても。
いやぁ、 どこも不景気で参っちゃうねぇ、 おたくは? なんて溢せば良いのだろうか。 今のところ、 日本の景気で参ってしまった経験はないけれど。
少なくとも、 久しぶりに顔を合わせた男子に報告できるような、 良いニュースも無ければ、 悪い事もこれと言って思い浮かばない。
強いて言うなら、 今日返ってきた健康診断の結果が問題なしだったので、 不幸ではないのかもしれない。
「まぁ……まあまあですかね」
とりあえず、 平凡な答えを口にした。
「新しいクラスには馴染めたか?」
「はぁ」
「馴れ馴れしい奴とかいないか?」
「はぁ?」
一体何だ。
困惑していると、 「ぷぷ、 岩ちゃん、 回りくどくて引かれるの巻」と平和ぼけしたような声が飛んできた。
「思春期の娘との距離感が掴めないお父ちゃんみたい」
ひょこん、 と割って入ってきたのは、 同じく階の違うクラスの及川くんだった。 岩泉と仲良くしてれば、 自動的に話しかけてもらえると専ら噂の、 及川くんだ。 私の人見知りが功を奏して、 余り話したことはないけれど。
「及川、やっぱり来たか」
岩泉が眉を潜めると、 それはこっちろセリフだろ、 と及川くんは突き返した。
「岩ちゃん、 興味無さげな顔してた癖に、 ホントは気になってたんだねー?」
「るせー」