第31章 君の恋路に立たされている(松川一静)
私のスカートの真横にあった松川の顔が、 パッと上がった。 一番下の列の下駄箱を使っているんだろう。 常々似合わないとからかわれている白いブレザーに身を包み、 中途半端に開いた小さな扉の前で、 豪快に股を開いてしゃがむ姿勢をとっていた。
目が合うと、 「うす、 」と下から挨拶してくる。
私はきょとんとしてしまった。
彼とはまだ然程親しくなかったという理由もあるけど、 それ以上に、 頭の上の桜の花びらに気付かない様子で手に持っている、 その控えめな柄の封筒に目が釘付けになったからだ。
固まるこちらを他所に、 松川は静かに下駄箱の扉を閉めた。 膝に手を置き、 「よっこらせ」と立ち上がる。
あっという間に、 見上げるほどの大きな壁となって立ち塞がった。
「おはよ、 みょうじ」
と、 もう一度、 ゆっくりと挨拶される。
私も今度こそ、 けれど相手の手元をまじまじと見ながら、 「おはよう」と返した。
その視線に気が付いたのか、 松川は「これ?」と扇ぐように、 封筒をぱたぱたさせる。
「俺のトコから出てきた」
ただ事実だけ述べた様子で、 何の感情も込めずにそう言った。
見たところ、 宛名も差出人の名前も無い。 しかし私は確信をもっていた。 きっと中の便箋には、 華奢で綺麗な文字が恥じらいと共に並んでいるはず。
「ラブレターだね?」
ちょっとワクワクしながら尋ねた。
「さぁ?」とはぐらかされる。 「開けてみないと、 わかんねぇ」
「いいなぁ」
感嘆の言葉が口から漏れた。 貰えて良かったね、 という気持ちもあったし、 こんな時代にわざわざ、 手紙という手段を選びとった相手の人柄も、 なんだかいいなぁ、 と思ったからだ。
「欲しい?」と、 松川が聞いてきた。
少し驚いて、 首を横に振る。
いらない。
確かに、 いいなぁとは言ったけど、 目の前にある松川宛のそれを私が貰っても嬉しくはない。
「そっか」と松川は呟いて、 うーん、 と頭の後ろを掻いた。
彼の上に乗っかっていた花びらが、 思い出したかのように、 はらりと離れていった。 思わず目で追う。
高校で見る最後の桜かもしれない。
しんみりしてしまって、 冷たい地面に降り立つ様子まで、 見届ける。