第31章 君の恋路に立たされている(松川一静)
女子高生になって迎えた3度目の春に、 ささやかな悩みができた。
私立青葉城西高校の正面入口には、 生徒が靴を履き替えるための昇降口がある。 白っぽい扉つきの下駄箱が、 方眼紙のマス目みたいに積み重なって、 ずらりと横に並んでいる。 それが私を悩ませていた。
何故って、 自分に割り当てられた下駄箱が一番上の段にあるからだ。 率直に言って位置が高すぎる。
そして私の背は低い。 今はまだ。
平均身長に満たない私は、 出席番号が振られた靴棚を見上げ、 こんなの絶対おかしいよ、 と新学期の初日から嘆いた。
だって、 靴は何のためにある?足もとを素敵に魅せるためだ。 それを目線より高い場所で出し入れしなくちゃいけないなんて。 しかも、 毎日。 頭がおかしい。
配慮、 そう配慮が足らない。
視力の悪い生徒を、 教室の一番後ろの席に座らせるくらい配慮がない。
黒板の文字が見えない生徒は、 前の席にしてあげるのが普通だろう。 足の速い子はリレーのアンカーに。 可憐な絵画は額縁の中。 ゴミはゴミ箱。 背の小さい私には、 低い位置に下駄箱を、 だ。
しかし、 誰に向かって訴えるべきか、 未だ判らず。
今日も煮え切らない想いと共に、 春の柔らかな匂いを胸いっぱいに吸い込んで右手を伸ばし、なんとか下駄箱の扉を閉める。 バタン、 と響く安っぽい金属音にも、 馬鹿にされている気がしてならない。
むー、 と頬を膨らませていたその時、 制服の袖から、 ひらりと小さな断片が落ちてきた。
例年通りに満開を迎えた、 校舎前の桜並木の花びらだ。
今年も春の訪れと共に、 校門から昇降口の手前まで足並み揃えて咲き誇った。 その下を歩く新入生の初々しさも相まって、 まさに爛漫と言った眺めになっている。 きっと、 今日も知らないうちに、 1枚連れてきてしまったのだろう。
もちろん、 その景色を見ながら登校するのも、 今年で最後になるのだけれど。
細く射し込む朝日に目を細める。
散りゆく薄桃色は毎年ながら、 儚い。
袖もとからひらひらと緩やかに下降していく、 迷子の花びらの行く末を見守ると、 それはやがてふわりと着地した。
隣にしゃがみ込んでいた人の、 髪の毛の上に。
「お」と、つい声に出してしまった。