第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
「なぁ、」
ここが湖の端の暗い木陰の場所であることを確認してから、黒尾は彼女の首筋に鼻を寄せた。「なまえって歳いくつ?」
微かに香水の匂いがする。「何歳だと思う?」聞き返されてまた負けた気になる。高校生の黒尾にとって、それは一番困る質問である。
「さっぱりわかんねぇ。仕事は?」
「秘密」
「彼氏は?」
「それも秘密」
「秘密ばっかかよ」
悔しくなって、白い太ももの上の、ほとんど消えかけた光の線を指でなぞった。「な、キスしてもいい?」
「それはダメ」
「ここなら誰にもバレねーじゃん」
「そういう問題、じゃ、ないから」
被さるように身体を寄せると、彼女は距離を取ろうと仰け反る。重心が移動して、ボートが大きく傾いた。
間抜けなことは自覚している。ただの暇つぶしのつもりだったのに、その日会ったばかりの女性にがっつくなんて。
しかも歳上の、クラスの女子よりガサツな女に。
「いいじゃん」
「ダメ」
「じゃあ、なんで俺とここに来たんだよ」
「だっ、て!てっきり大学生だと思ってたから……こら!」
逃げられないように、なまえの背中に腕を回す。無理矢理顔を近付けた時、ポタン、と頭上で音がした。
「あ、」
雨、となまえが呟いた。つられて黒尾も視線をずらす。
水面にポツポツと波紋が広がっている。見ているうちに、どんどん増える。
タタタ、と走る子供の足音みたいな雨音が、にわかに滝のような轟音に変わった。