第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
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「鉄朗は、もう進路とか決めたわけ?」
なまえが尋ねる。ペダルがきいきい音を立てる。まだ、と言いながら黒尾も足元のペダルを漕いだ。ボートが前進して、水上の景色が後ろに流れる。くそ。やっぱり恥ずかしいじゃねーかこれ。
「将来の夢とか、ないの?」
「ない。今は、バレーのことしか考えたくねーし」
2人乗りのスワンボートの中は、車の運転席と助手席みたいになっていた。違うところと言えば、椅子はひと繋がりのベンチで、アクセルブレーキの代わりに足元にペダルがあること。左右と前の窓にガラスがないこと。それから、装飾の白鳥の首が邪魔で、全然前の景色が見えないこと。
「高校卒業しても、続けられるといいね。バレー」
「……まあな」
返事をしながら、ちらっと視線を下に落とした。なまえが豪快にペダルを漕ぐから、スカートが膝までめくれ上がっている。太ももまで見えてしまって、あぁ、と嘆いて灰色の空を見た。さっきまであんなに晴れていたのに、順番待ちをしている間に雲行きが怪しくなってきた。夕立でも降るかもしれない。
「バレーの強い大学行くとか?」
「まぁ、そんな感じだな」
湿った空気の匂いを嗅ぎながら、本当は、と考える。本当は実業団に入りたい。でも高卒でそれは狭き門だ。だからバレーのできる大学へ行き、そこから実業団に入って、ずっとずっと続けていきたい。
将来勉強したいものなど黒尾にはなかった。とりあえずで担任に提出している今の希望進路は、全てバレー中心で考えられたものだ。そのせいで、親と揉めることも少なくない。
「あっ!」
突然なまえが声をあげた。ガタン、とボートに衝撃が走る。驚いて顔を上げると、白鳥の頭が岸に生えた木にぶつかっていた。
「ほらー、鉄朗がぼんやりしてるから」
「ハンドル握ってたのはなまえだろ」
「今は握ってないもーん」
「は?なんで握ってねぇの?」
「だって難しいんだもん」
ほらー、とバンザイをして、なまえは大きく伸びをした。「疲れたからちょっと休憩!」
ぐっと逸らされる胸の膨らみに、思わず視線が奪われる。
ボートは屋根で覆われていて、彼女の白い太ももの上に、薄くなった日光と屋根の影との境界線が、斜めにまっすぐ伸びていた。