第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
小さな緑のゆりかごを、彼女の指先から奪い取って地面に放った。「ばかって言うほうがばかなんですー」となまえがそっぽを向く。ダメだなこいつ。呆れてポケットにスマホを戻した。指先に柔らかい感触がした。なんだこれ?不思議に思って引っ張り出した。
あぁ、ハンカチか。
また思い出してしまった。誰のかもわからないハンカチ。そういえば、と黒尾は考える。なまえはナンパと勘違いしたけど、確かに女物のハンカチを用意しといて声をかけるナンパ術は有名だ。それと似たように、女性側から仕掛ける古典的な罠も、何度か耳にしたことがある。
気になる男性の前で、わざとハンカチを落として声をかけさせる、とか。
「……まさかな」
小さく笑ってポケットにハンカチを突っ込んだ。鉄朗!となまえが呼ぶ。彼女を見ると、満面の笑みで遠くを指さしていた。
「ねえ見て!!アレ!!!」
指差す方向は大きな池。光できらめく水面を、いくつかのボートが浮かんでいた。ボート。ボート。白鳥の形の……って、
「いやいや、乗らねーよ?」
「なんで!?乗ろうよスワンボート。1人たったの700円!」
「高けーよ。っつか、アレはさすがに恥ずかしすぎる」
「やだ、鉄朗に恥ずかしいとか概念あったんだ」
「お前はむしろ俺の何を知ってんだよ」
さっき会ったばっかだろ。鼻で笑う。腕を引かれる。振りほどけずに、青空と同じ色のシートから引き剥がされた。