第27章 月が(猿杙大和)※
あなたは、気付いたことがある。
世の中には、生活のために仕事をする人と、好きだから仕事をする人がいる。ということだ。
前者はお金を稼ぐために働いている。だから、お金に価値がなくなったとき、真っ先に現場からいなくなる。
後者は、自分のために働いている。働くことで、自分を保っている人だ。だから、月が地球に落下すると聞いたって働くことは辞めない。むしろ、最期まで職務を全うしようという人たちだ。
今の社会は、後者によって成り立っていた。そして、あなたの両親もふたりとも、後者側の人間だった。
今日もあなたは、当たり前のように浴室の電気を点けて、熱いシャワーを浴びる。身体を洗いながら想像している。しんと冷たい発電所で、1人残って作業をする人。残りの時間を家族と過ごすよりも、社会の大勢の人のために身を捧げると決めた人。
幸せなんだろうか。
月の衝突は免れないと判明してから、あなたは学校へ行くのを辞めた。あなたは、学校は将来のために勉強する場だと思っていたからだ。それは猿杙も同じだった。将来がないなら、勉強もしなくていい。
自分が行かなくとも、学ぶこと自体に喜びを感じる生徒は今日も教室にいるのだろう。そしてまた、使命を感じている一部の教師が、毎日教壇に立っている。
お風呂から上がった後、あなたは、髪も乾かさず、リビングのソファに寝そべる。猿杙は、部屋の隅にかかってあるハンモックで眠っていた。
学校へ行く、という選択肢がなくなって、なんでも好きなことをして良いとなったとき、猿杙が最初に取りかかったことがハンモック作りだった。近所のホームセンターから材料を調達した彼は、躊躇なく家の柱と壁に金具を埋め込み、あっと言う間に完成させた。
猿杙は、そのハンモックでよく昼寝をしたり、本を読んだりしていた。緑色の布に包まれて、ゆらゆらと揺れていると、安心するのだそうだ。あなたは、そのゆらゆら揺れている布からはみ出た、跳ねた髪の毛の先や、だらんと垂れている左腕の筋を、少し離れたソファの上から眺めるのが好きだ。