第27章 月が(猿杙大和)※
「なまえ、」
猿杙はあなたの髪を撫でて、キスをする。元から口角が上がっている彼の唇は、柔らかく、熱い。そのまま身体を寄せあってベッドに倒れ込むのも、4ヶ月前まではしなかった行為だ。
というのも、孤独とパニック発作で死にかけたあの時まで、あなたは猿杙と2年以上接点がなかった。本当は、家が近所の幼馴染みだったのに。
幼い頃は、「やまとくん」「なまえちゃん」と、お互い下の名前で呼び合っていた。
小学校に入ると、その呼び方が恥ずかしくなる。自然と男女別れて遊ぶようになった。
そして11歳になった夏休みの、プールの帰り道。
同じくバレー帰りでばったり遭った猿杙に「あ、久しぶり」と挨拶されたとき、その聞き慣れない、低く掠れた声に、あなたはとても驚いた。学年でも背の高かった猿杙は、声変わりをするのも早かったのだ。向こうも向こうで、急に大人びたあなたの身体つきに動揺していたのだけれど、まだ真っ白だったあなたは、そのことに気付けなかった。
それ以来、あなたは中学を卒業するまで「猿杙」と名字で呼び、必要以上に近づくのをやめた。向こうは「なまえ」と呼んでいたけれど、実際にあなたの前で声に出したことはない。
別々の方向を向き、違う人に恋焦がれ、離れた高校に進学し、そしてそのまま2年以上が経過した。それでも、月が軌道を変えた時、あなたは誰かに助けを求め、そこに通りがかったのは猿杙だった。