第26章 月が(赤葦京治)
「怖い?どうして」
「部屋を見せたら、なまえさんに嫌われるかもしれない」
「……そんなにヤバいの?」
「わかりません」と赤葦は首を振った。「俺にはわからないんです。最初に言われたのは、中学2年生の時でした。クラスの友人でした。木兎さんは4人目です。その次は木葉さん。あの人たちが言うには、『普通の』汚い部屋と、俺の散らかった部屋は何かが違うらしいんです。片付けたいのに、片付け方がさっぱり浮かばないと。でも、俺には何が変なのかが分からないんです。物は少し多いかもしれませんが、快適な普通の部屋です。でも、母親も、部のみんなも、俺の部屋を見ると、呆れたような、諦めたような、困った顔をするんです。なまえさんにまで、あの顔をされたらと考えたら、とんでもなく怖くなりました。なんでですかね。どうしてこんなに、悩まなきゃいけないんですかね。俺の空間なのに!」
赤葦が取り乱したように声を上げた直後、電車が止まった。何番目かの停車駅だった。はっとして、すみません、と小声で謝ったかと思ったら、肩に掛けていた鞄からわたしの財布たちを引っぱり出して、わたしにぐいと押し付けてきた。
「本当にごめんなさい」
震える声でそう言って、赤葦は電車から降りた。「また明日、部活で」
え、と呆気にとられていると、発車音が鳴り響く。しんとした、夜のホームの空気が揺れる。
開いたドアの向こうに立つ赤葦は、大きく呼吸を繰り返していた。奥歯を噛み締めるその後ろで、月が青白く輝いていた。
胃のあたりから迫り上がってくる何かをせき止めるかのように唾を飲み込み、「俺は、」と悔しそうに言葉が押し出された。発車を告げるアナウンスが鳴る。助けてほしい、と目が訴えていた。
「俺は、異常なのかもしれません」
不安げに揺れる瞳を見て、わたしの全身の庇護欲が掻き立てられた。おそらく、誰かに弱みを打ち明けたのは初めてだったのだろう。ずっと一人で悩んでいたのだろう。
これ以上、この子を孤独にさせてはならない。
考える時間はなかった。むしろ時間など必要なかった。ドアが閉まり始めるより早く、足が動いて、電車とホームの間を跨いだ。