第26章 月が(赤葦京治)
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「………本当に、来るんですか」
改札を出た直後、赤葦が戸惑いの声を上げた。一方的な連絡を親に送信した後に、「行く」とわたしは頷いた。
「大丈夫、腹はくくった」
「俺はまだくくれてないです」
「ここまで来て何言ってるの」
「じゃあ、お願いです。俺の部屋がどんな有様でも、逃げないでください」
「逆に聞くけど、どんな有様なの?」
「普通です。俺にとっては」
「大丈夫。どんな状態でも、わたしは受け入れて綺麗にするよ」
「はい......いやでもやっぱダメですよ。冷静に考えたらヤバいじゃないですか。付き合ってもいない先輩が、1人で俺の部屋に来るなんて」
「それさ、30分前に気付いてほしかったよね」
急に愚図りだした赤葦を見て、ええいと鞄を無理やり奪った。ずしりと肩に重みが乗っかり、身体が傾く。バランスを保つように反対側に重心を移動させると、「何するんですか」と怒り出す彼に人差し指を1本立てる。
「この鞄を返して欲しかったら、」
駅の外へと繋がる階段の上で、わたしは立ち止まる。「家に連れていきなさい。今すぐ」
赤葦は、ぽかんとした顔をして、それからすぐに「あの、」と呆れたような顔をした。
「脅迫のつもりですか」
「そうです」
「俺の家の場所すら知らないくせに」
「じゃあ、これならどう?」
制服のポケットの中のものを取り出して目の前に掲げてみせる。銀色の鍵と、ストラップがぶつかり合ってかちゃりと軽い音がする。「あ゛!?」と赤葦は低い声を出し、コートの中をまさぐり始める。その隙にわたしは階段を駆け下りていく。もちろん、彼の重い荷物を肩に背負って。
「ちょっと!」と背後、いや頭上近くから声がする。
「待たないからね!」と踏み足のリズムを調節しながら叫び返すと、一瞬の間の後に「降りたら右に行ってくださいよ!?」と、指示が飛んできた。
わたしを追いかけてくる足音は、心なしか、軽く聞こえる。
おしまい