第26章 月が(赤葦京治)
「こんなに速い電車に乗ってるのに」
赤葦の声は物憂げで、空気の中にすうっと溶けた。「周りの景色は走り去っても、月だけはずっと変わらない」
「そりゃあ、遥か遠くにあるからね」
色気が無さすぎる受け答えだ、とすぐに反省する。けれど赤葦は、「そうですか」と曖昧に相槌を打った。そこにはいつもの引き締まった表情は無く、存在自体が、ぼやけて、薄まってしまっているようだった。その状態で「宇宙には」と月を見つめて、息を吐き出すように喋っている。
「宇宙ごみがたくさんあるんです」
「宇宙ごみ?」
「昔に打ち上げた、人工衛星とか、ロケットの破片。宇宙飛行士の落とし物。手袋、工具……地球の周りで、ぐるぐると回ってるんです」
そう言って窓ガラスの上で、ずるずると指先を滑らせていた。「綺麗に見える宇宙にだって、ゴミが漂っているんです。だったら、俺の部屋だって、別に変じゃないと思うんですよ」