第25章 スイッチはどこだ(木葉秋紀)
出遅れた俺は赤信号で立ち止まる。向こう岸の2人を精一杯の薄目で見ても、木葉の緩んだ顔がよくわかってしまう。うーん、友人としてはあまり見たくないもんだ。でも、まさかアイツがなぁ、と俺はしんみり考える。
普段の木葉は、敏感というか、機敏というか(ただのビビリなだけかもしれない)、トラブルの察知・回避に異常に長けてる。見る人が見れば余裕ありげな青年に見えることだろう。けどその実は「必ずといって地雷を踏みぬく運の悪さなら、そもそも地雷原に近づかない男」なのだから、彼女のこととなると化けの皮が一気に剥がれるってわけなんだよな。
なまえの話題だとひねくねるわ、いじけるわ、取り乱すわ。酷いときには喋るほどに墓穴を掘ってく。でも、平静と余裕を失うほどに、大切に想っているということなのだと、俺たちはちゃんとわかってる。だからせめて、せめて照れ隠しにやたら言葉のナイフを振り回すのだけは辞めてほしいもんですけどなぁ。
「……で、お前はこれでよかったわけ?」
退屈しのぎに、その場で足踏みをしながら隣に話しかける。「わかってて聞くのって、酷いですよね」と赤葦は他人事のように返事をした。「知ってるでしょう。あの人、木葉さんのことが好きなんですよ」
「そうだな」
「俺は、壊したくないです」
「うん」
また気がかりなことを増やしてしまった、と俺は車道の信号が黄色に変わらないか頭上を仰いだ。オレンジ色に染まりつつある空を背景に、信号は未だ変わらない。
———好きな人ができたらさ、依存、しちゃいそうで怖ぇんだ。
いつかもわからない遠い記憶の底の、木葉の言葉を思い出す。彼女の教室の前を通りすぎる時、無意識のうちに、つつ、と無言で中を覗く木葉の姿。廊下の突き当たりで曲がるとき、何気なくグラウンドへ走らせる視線。秋風に立ち止まり、ふと思い出したかのように振り返る、あいつの、薄い身体と、淡い髪色のかかる横顔。
「赤葦と小見も~、一緒に食べ放題行こ~!参戦しよ~!」
ふいに明るい呼び声。横断歩道の向こうから、声の主のなまえが大きく右手を振っている。その後ろで木葉は、ポケットに両手を突っ込んで、不貞腐れたようにそっぽを向いてるのが見えた。あー分かりやすい奴。
そう。あいつが、まさかあんなぐずぐずだったあいつが、こんな風に懐柔されてしまうなんて。