第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
「お酒は大好き!」
空になったアルミ缶を、軽く潰して彼女が叫ぶ。「明日仕事行きたくない!」
「サボればいいじゃねーか」
「高校とは違うんですー」
「じゃあ辞めちまえ」
「辞めたくても辞められないの!」
下唇を突き出して、なまえはぶう、とイジケてみせた。「チーフの次に偉い人がね、産休に入っちゃったの。私も辞めたら、うちの部署はてんてこ舞いだよ」
「んだよそれ。知らねーし」
「高校生にはわからんだろうねぇ。あれだよ。部活で例えるよ。例えばさ、鉄朗が部長だとすんじゃん?」
「例えばじゃねーし。俺主将だしー」
「マジ?……んで鉄朗が主将にいるじゃん?大会近いじゃん?なのに副部長が怪我してもう1人3年が辞めたいって言い出す感じだよ」
「まじか。それはヤベーな。海も夜久もいないのか」
「いや知らないけどさ!あんたンとこの部活事情とか知らないけどさ!」
あーやだやだやだ!と彼女は黒尾の腕にもたれかかった。「なんで責任ばっかり増えてくんだろ。一生下っ端でいいのにさ。主将だなんて、鉄朗クンは偉いなぁ」
そう言って頭をすり寄せてくる。待てよ、それはズルいぞ。と黒尾は慌てた。
おいおいマジか。日曜の公園で周りは家族連れだぞ。待てよお前。そして耐えろ、俺。
二の腕にぐりぐりしてくる、太陽の匂いがする彼女の髪の毛。日光を反射して白い輪っかができている。
視線を逸らしたら、少し離れた小道の上から、3歳くらいの女の子がこちらを見ていた。不思議そうな視線に見つめられて、一瞬思考が停止した後、とりあえずその子に笑いかけ、回しかけた腕でなまえの背中をひっぱたいた。
「痛い!」
「離れろ。ちびっ子共の教育に悪い」
「酷い!こっちは会社疲れでうんざりしてるのに!」
「そんなに嫌なら、なんでその仕事選んだんだよ?」
「………………」
「………………」
「………………なんでだろ」
わかんないや。と小さく言って、なまえはバスケットの中のシャボン玉キットに手を伸ばした。その手の甲に、ポトリと何かが降ってきた。
「うぎゃあ!!」
「おいうるせぇぞ!今度はなんだ!?」
「なんっ、なんか落ちてきた!!何コレ!?……葉っぱ???」
ひえ、と情けない声を上げたなまえを鼻で笑って、黒尾もバスケットの中を覗き込んだ。