第25章 スイッチはどこだ(木葉秋紀)
「赤葦?」
名前を呼ぶが、赤葦は、俺の声どころか全ての環境音すら耳に入っていない様子だった。黒い睫毛を揺らし、木葉となまえの背中を熱心に見つめている。
薄い唇を固く結んで、切れ長の目の端に力を込めて、まるで睨んでいるかのように……って、おいおいおい。
「おい、赤葦」と慌てて肩に手をかけた。
「っ、なんですか」
「お前、もしかしてガチなの?」
「なんの話ですかね」
拗ねたように視線を逸らす表情は、よく見りゃめちゃめちゃ不機嫌そうだ。「俺にはさっぱり」
「嘘言えよ」と俺は前方の2人に聞こえないように、小声で早口で捲し立てる。「お前、まさかなまえのこと本気で狙ってるわけじゃないだろうな?」
赤葦は、一瞬答えに詰まった。
「……そういうんじゃ、ないんです」
水を含んだ綿がゆっくりと絞られるように、苦しそうに声を発した。「そういうんじゃないですけど、ただ……」
まごついて、俯いて、視線だけを上げてすぐに目を伏せ、
そしておそらくわざと、赤葦は息を大きく吸い込んだ。
「なまえさんに酷いことを言って、冗談だってへらへらしてるのが、俺は許せないんです」
混じり気のない澄んだ音色は、小さい音でも、遠くまで響くと聞いたことがある。そういう意味では、赤葦の声は涼やかな秋風に乗り、その場にいる俺たちの耳に綺麗に届いた。
俺も、赤葦も、木葉もなまえもほぼ同時に足が止まった。なまえがこちらを振り返る。
予想外の語気の強い口調に、言葉を発した赤葦自身も驚いているのか、見開いた目の瞳が揺れていた。
空気が固まる、とはよく言ったもので、
息をするのも躊躇われるようなしばしの無音。その状態の後、木葉の背中が静かに揺れた。
あぁ、きっと、全てを冗談だと受け取って、笑いを圧し殺しているんだ、と安堵する。しかし直後に、本気でキレた時にしか出さない低い音域で「は?」と1音だけ落としゆっくりとこちらに振り返ったので俺の心臓は爆音デッドヒートマッハ。