第25章 スイッチはどこだ(木葉秋紀)
分が悪くなった同級生に助けを出そうと、俺は「木葉ぁ、意地張ってないでなまえとデート行ってこいって」とわざとおどけて呼びかけた。「ガキみてーなこと言ってっと、そのうち誰かになまえをとられるぞ」
「とらっ……れるわけねーだろ」
内心焦っている、という事実をようやく自覚したのか、木葉は、ぐっと息を詰めてからそっぽを向いた。そしてなまえを軽く小突く。「お前に需要なんざねぇよ、不細工」
なまえは表情を崩さない。「その不細工と付き合ってるのはどなた?」
「俺ぐらいしか相手してやる奴がいねーもん」
「あーもう、いい加減やめろって!」と俺は両腕と振り上げる。「見てる俺が一番気遣うわ!何が楽しくてカップルの痴話喧嘩聞かされなきゃなんねーの?」
痴話喧嘩、というのは余りにもそぐわない表現に思えたが、場を和ませるためには多少本意からずれていても致し方ないだろう。これは俺なりの、精一杯のオブラート。のつもりだったのだけれど、その膜は背後から振り下ろされた、透明感のある声にピッと切り裂かれることとなる。
「木葉さんが要らないのなら、」
それを言ったのは赤葦だった。足元に散らばる色づいた落ち葉を踏みにじり、赤葦は、ダーツの矢みたいにこちらにストッと視線を留めて、そっと、静かに、言葉を放った。
「俺が奪いますよ。なまえさんのこと」
「………誰も、要らねーなんて言ってねーから」
僅かに張りつめた空気の中、木葉がなまえの肩に手を回した。行くぞ、とぶっきらぼうに歩き出す。背中を押されてなまえは、いつの間にか取り出していたスマホから顔を上げ、木葉を見上げ、赤葦を一瞥してから、木葉の腕に絡み付く。
「ねー、あたしみたいな不細工と並んで恥ずかしくない?」
「あー?ありゃ冗談だよ。全部冗談」
「あ、そう。じゃあTLで愚痴った後にポエム呟く病みちゃんごっこは辞めにしよ」
「そうしろそうしろ」
そんな連れだって歩く2人の背中を眺め、俺はやっと安心して息を吐き出すのだった。