第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
「ずいぶん長い休憩なのね」
灰色のジェルを筆に乗せて、意外だな、と私は思う。木兎くんがサボりだなんて。彼にも、バレーから逃げたくなる時があるなんて。
「……今日は」
木兎くんが口を開いた。「全然ダメだった。全然」
その、全然、の言い方の力強さに、また笑いそうになる。けれどこらえて「そっか」と相槌を打つ。その爪に薄く色を広げる。
「調子の良いときと、悪いときの違いがわかんねーの」
「どうしてかしら」
「わかんねー」
どーしたらいーかな、と木兎くんは目を開けて私に尋ねる。どうしたらいいんだろうね、と私は答えた。帰宅部が、運動部にアドバイスできることなんてゼロに等しい。
「うわ、すげぇ」
ライトを当てられている人差し指に目を留めて、木兎くんが感嘆の声を上げた。「色がついてる」
「つくでしょ、そりゃ」と私は言った。「触ってご覧よ。もう固まってるから」
「うわ、まじだ、すげー!」
いちいちリアクションが大げさだ、と少し呆れた。もしかしたらこの人は、地球が時速1700kmで回ってると聞いても、私のブラのカップサイズを聞いても、同じ反応をするのではないか、と思った。マジで!?スゲー!って。
「18時」
木兎くんが時計を見上げた。ねぇ、と灰色を二度塗りしながら私は声をかける。「今日はもう戻らないの?」
いや、と木兎くんは顔をしかめた。「戻る……つもり。いつもだったら」
あぁ、と私は声を漏らした。「誰か迎えにきてくれるのを待ってんのか」
「待ってはいない」
「じゃあ、誰も追いかけてきてくれないから拗ねてんだ?」
「…………」
やっとわかった。どうして木兎くんが私を呼び止めたのかやっとわかった。別にネイルに興味があったわけでも、私と話がしたかったわけでもないんだ。
誰かに構ってほしかっただけ。
誰かの時間を、自分だけに使ってほしかっただけ。
自分のためだけに流れる時間が欲しかっただけ。
「今頃、みんな木兎くんのこと待ってるよ」
「待ってるかなァ」
「待ってるよ」
トップジェルを固めながら、確信をもって私は言った。「木兎くんがいるのといないのとじゃ、違うよ」 全然、と力を込める。
「そうか?」
「そうだよ。だから、もう体育館戻りなよ」