第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
「そ」 なぜか私の方が照れてしまって、「そうね、ごめん」とはにかんだ。まるでよくあることかのように、平静を装って彼の手を握り直して、その爪に楕円のバッファーを滑らせた。
「何、それ」
「爪の表面を綺麗にしてるの」
段々といつもの調子に戻ってきた木兎くんに説明しながら、彼の指先を見る。バレーのためなのか、爪は短い。そして縦長。伸ばせばきっと、綺麗な形になるんだろう。それを伝えると、彼はぎょっとしたような顔をした。
「爪がキレーって、」
「言われたの初めて?」
「言われたの初めて」
だってよ、と木兎くんの唇がつんと尖った。「男に言うのは変だろ。たまによー、俺のこと可愛いとか言ってくる女子いんだよな。意味わかんねーもん……それは?」
「ベースジェル」
「ふーん」
「ふーん、だってさ」
私はつい笑ってしまった。名前だけ聞いて納得するのか。「あ、でも、私も木兎くんのこと、可愛いなって思うよ。時々」
「ム」
「……嘘だよ。カッコいい」
「嘘くせー」
「嘘だよ」
「どっちだよ」
「でも、爪が綺麗なのはホント」と私はライトを手にして彼の目を覗き込んだ。「木兎くんの目の色も、すごく綺麗」
「っ!?」
木兎くんはガタリと机を揺らして、もの凄く絶妙な顔をして、視線を横に、下に、あー、と言って上に向けて、それから、ぎゅっと目を閉じた。その一連の動作が面白くて、私は思わず吹き出した。「ねぇ、なんで目つむってんの?」
「……わかんねー」
「どこ見たらいいか分かんなくなったんでしょ」
「俺ってどんな目の色してんの?」
「じゃあ私が教えてあげるよ。目、開けて」
「う」
「見せて」
「断る」
「お願い」
「イヤだッ」
「子供かって」
「ちげーし」
「今って、部活中じゃないの?」
ぎくっ、と大きな肩が跳ねた。
「……別に、今は、」
強く目を瞑ったまま、木兎くんはもごもごと口を動かした。「休憩中だッ」
私はまた笑った。なんて嘘が下手な人なんだ。世界で一番へたくそだ。