第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
木兎くんは、視線をずいと斜め下に向けて、首を僅かに傾げて、「つめ」と言った。
「へ」と「え」の中間の音が自分から出る。彼の視線の先を追うと、私の荷物。つめ…爪?俺にも、って、
「……やってほしいの?」
「だ」そこで彼はたじろいだ。「ダメか?」
おずおずと上目遣い。背が高いのに上目遣い。金色の瞳が私を見上げる。まるで叱られているペットの犬だ。
「別に、構わないけど」
男の子なのに?「どうして?」
ネイルに興味がありますなんて柄じゃないはずだ。
強情にも木兎くんは押し黙った。意図は理解できないが、拒否権はないのだと、私はようやく気が付いた。
「時間かかるよ?」
片付けたばっかりの荷物を引っぱりだして、私は言った。
「どんくらい」
「急いでも30分」
「じゃあ、指1本だけ」
それもなんだか変だけど、と思ったけれど、あえて言わないことにした。彼の気が済むのなら、きっとなんだっていいんだろう。
「何色がいいの?」
「えっ?」
木兎くんはぐるんと目を動かした。「任せる」
「じゃあ灰色のワントーンにしよっか。運動着にも合うしね。ね?」
まるで子供のままごとに付き合う母親。一番簡単にできる柄を提示して、きっと似合うよ、と適当な言葉を紡ぎながら道具を並べる。さて、と言って、我に返った。
男の人にネイルをするなんて生まれてこのかた初めてだ。机に乗せられた彼の右手をまじまじと観察する。節ぶし。ごつごつ。女の子とは全く違う手。「あのー、」と一応声をかける。「手、握ってもいい?」
「へ?」
「手を触らないと、爪が塗れないから」
「あー、おう………え、こうか?」
おもむろに手が重なる。「いや、違うくて」と私は驚いて彼の右手を引き剥がした。「ごめんね、握るって言い方が変だったね」
一瞬ドキリとしてから、彼の手をとり直した。いつだったか、友人に初めてネイルをしてあげようと手を握ったら『指先にキスされそうで緊張するわ』と言われたことを思い出す。彼の人差し指を軽くつまむと、んんん、と木兎くんから声が漏れた。
「何?」親指の腹で彼の爪を撫でる。
「や、わかんねー」
「何が?」
「俺が聞きたい……いや、なんか、悪ぃんだけど、」
言い淀んで、木兎くんは肩を落とした。「その触り方、ヤメテ」