第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
名前を呼ばれただけなのに、雷に打たれたように身体が動かなくなった。返事をしたらダメだと思った。なのに、目だけは勝手に木兎くんの背中を捉える。
木兎くんは相変わらず、そっぽを向いていた。けれど、彼の右手が、人差し指が、前の空いた机を指していた。そこに座れ、という意味だとすぐにわかった。私は息を飲んで、精一杯頭を横に振る。金縛りのような重圧を振り切って教室のドアに手をかける。顔を出すと、廊下はがらんと静まり返っていた。愕然とする。あの子、本当に私を置いてった。
今すぐにでも追いかけなきゃ、頭の中で考えた。でもできなかった。木兎くんの背中。廊下。木兎くん。ダメだ。ずるいよ。卑怯だよ。と心が叫んだ。存在感が強すぎるのだ。ほっとくなんて、できるわけない。
とうとう観念して、私は、木兎くんの前の席の椅子へと向かった。わざと目線が合わないように、横向きに座る。実のところ、私は木兎くんのことを苦手としている。ろくに話したことさえない。だって、エネルギーが強すぎてまともに正面から向き合えないのだ。目に見えない圧力を受け止める自信がない。
「…なにか用?」長い沈黙の後、やっとのことでそう尋ねた。
「俺にも」
返事があったことに、私は少なからず驚いた。木兎くんは、いつも無駄に言葉数が多いのに、先ほどから頑なに口を閉ざしていたから。
「俺にも、何?」
私は尋ねた。木兎くんは何も言わず、右手を机の上に乗せた。そこで初めて彼の表情を見た。眉間に皺を寄せて、酷く深刻そうな顔をしていた。寡黙とは違う。むくれた子供と同じ顔。きっと、必要最低限の単語しか発したくないんだ。
「ごめんね、木兎くん」
私は彼に向き直って、正直に口を開いた。「何が言いたいか全然わかんない」